記号という生き方

記号として生きるのはすごい悲しい。なぜなら記号は記号だから。アイコンはアイコンだから。それが自分自身になってってしまったら悲しい。とても悲しい。

 

わかりやすい社会的ポジションの確認としての記号の所持。そんなものはいらない。捨ててしまおう。

 

なぜならそんなものは自分自身の証明にはならないからだ。

 

自分自身の証明それは内側から輝く本物のダイヤモンド。何物にも代えがたい宝物の証明。それが存在証明。

 

抱く心の不安はすべて焼き尽くして食べてしまおう。それが助けになる。

 

追伸:パワーストーンが3つ目になりました。水晶。ブルータイガーアイ。アクアマリン。アクアマリンは誕生石である。ところでパワーストーン間のバランスを取るときに買い足していったら無限に買わなきゃいけないとかないですか?

それって辛くないですか。やっぱり気休めもしくは気分の持ち様くらいにとどめておいた方がいいのかも。

パワーストーンも一種の記号で、それが自分の自信ややる気につながるのならいいのじゃないかな。いいのじゃないかな。終わり、